玉泉堂offical web shop

玉泉堂の歴史(since1818年)
 

玉泉堂は初代より深輪屋と申す屋号にてその五代目の土屋甚右衛門が文政元年(1818年)甲府市にて創業致しました。深輪屋は水晶業者の草分けで、文政四年(1821年)に水晶県外移出のさきがけとして江戸(東京)に始めて売り出し関西方面まで水晶細工品の販路拡張に努めたほか、甲府代官の御用を承りました。


弘化二年(1845年)に屋号を玉泉堂と改名しましたが深輪屋も並称されて参りました。


慶応元年(1865年)には横浜へ玉泉堂支店を持ち外国への売込みに活躍した代々の当主は独特な技術を開拓して多くの優秀な細工技術者を育成し、宮内省各宮家の御買上を始め明治六年ウィーンでの万国博覧会の出品を始め国内外にての金、銀、銅の受賞は数十回に及んでおります。



明治40年頃の玉泉堂


第二次世界大戦の甲府空襲にて店舗と工場を焼き尽くされましたが、当時戦火をなんとか潜り抜けました十一代目土屋甚右衛門が苦労の末に水晶細工品を取り揃え、東京は銀座にて玉泉堂を復活させました。現在も十一代目が復活させた店舗は当時のままに、十三代目土屋甚右衛門であります私が店に立っております。



山紫水明深山に湧出づる泉の精の如き清らかな水晶細工品を何卒御愛用賜ります様お願い申し上げます。